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Staff blog:スタッフ雑記帳

08.19

2012年08月19日(日) キラルくん

【ドラマダ】誕生日_紅雀.jpg



 8月19日。
 今日は紅雀が碧島へ戻ってきてから2度目の誕生日だ。

 紅雀の誕生日はもともと婆ちゃんが覚えていて、昔から8月になるたびに教えてくれたから、俺も自然と覚えた。
 去年に引き続き今年も祝おうってことになり、うちで婆ちゃんの手料理を食べる……はずだったんだけど、今日は紅雀の仕事終わりが遅いらしくて明日になった。
 でもそれもなんか寂しいし、とりあえずプレゼントだけでも渡そうと思い、俺は紅雀の家へ行ってみることにした。
 仕事が終わりそうな時間をメールで聞いたら、夜の10時くらいだと返信があった。
 10時半頃ならもう帰ってるだろうと思い、俺はそのぐらいに紅雀の家へ向かった。
 昼間とは別の意味で活気づく青柳通りを抜けて、喧騒の余韻を引きずる住宅街へ入る。
 このへんにしちゃまぁまぁいい感じの建物の3階に、紅雀は住んでいる。

「髪結い師って儲かるのかなぁ」

 俺が呟くと、肩から提げているカバンから蓮が顔を出した。

『紅雀の評判は上々のようだが』
「それなりにってことか~」

 蓮とぽろぽろ話しつつ、階段を上って3階の廊下を歩き、1番奥にある部屋の前に立ってインターホンを押す。
 少し待っていると、中から鍵を開ける音がした。

「はいはい、っと。おぉ、蒼葉か」
「お疲れ」

 ドアが開いて、顔を覗かせた紅雀が笑みを浮かべる。

「お前もお疲れさん。上がってくれ」
「お邪魔しまーす」

 大きくドアを開けてくれた紅雀の横をすり抜けて、俺は靴を脱ぐと廊下を歩いてダイニングルームへ入った。
 紅雀の部屋はちょっと広めの1DKで、廊下の脇にトイレや風呂があり、その先にキッチン兼ダイニング、さらに奥が寝室になっている。
 何回か来たことがあるけど、やっぱり他人の家ってのはちょっと緊張する。
 持ってきた紙袋を食卓へ置いたところで、後から紅雀が入ってきた。

「そこ、座ってくれ。何か飲むか?」
「あぁ。でもその前に、これ。誕生日おめでとう」
「お、ありがてぇな」
『おめでとう、紅雀』
「蓮もありがとな」

 紅雀と一緒に席につき、カバンを床に置いてから蓮を抱き上げていると、ドアの方からパタパタと音がした。

『よぉ、蒼葉に蓮。よく来たな』

 羽ばたきながらこっちへ近付いてきたのは、ベニだ。

「邪魔してるよ、ベニ」
『ベニ、元気そうで何よりだ』
『おう、ゆっくりしてってくれ』

 ベニが紅雀の肩に止まり、ぶるぶるっと羽根を震わせる。
 紅雀は嬉しそうに紙袋を手元へ引き寄せ、ゆったりとした手つきで中身を取り出している。
 その様子を眺めながら、思う。
 紅雀って動作の1つ1つが何気に丁寧なんだよな。
 本人の気質的に雑だったり豪快だったりしそうだけど、意外とそうでもない。
 落ち着いてるっていうか、焦らないっていうか。
 そういうところも仕事柄なのかな、と思ったり。

「ん? こいつはもしかして……」

 プレゼントの緩衝材を剥がし、中から出てきたものを見て、紅雀は目を丸くした。

「酒……、ブランデーか。こりゃまたずいぶん高そうだな」
「せっかくだし、いいモン贈っとこうと思って。俺、酒のことそんなに知らないからさ。ヨシエさんに聞いてみたりとかしたんだけど」
「そしたら?」
「大人の男にプレゼントするなら断然これよねって」

 俺がそう言うと、紅雀は可笑しそうに笑った。

「ははは、大人の男か。さすがヨシエさん、確かに良い酒だ。まぁ正直、こんな良いモン飲むにはまだ色々足りてねぇ気がするが……」
「足りてない?」

 足りてないって何がだ?
 酒を飲むのに何か必要なのか? まさか年齢なんて言わねーよな。
 俺が不思議がってるのに気付いたのか、紅雀は少し顎を引いて俺を見つめ、口端を上げた。

「こいつぁ、早くこの酒が似合う男になれっていう蒼葉からのメッセージってことだろ?」
「…………は?」

 思わず腹の底から引っ繰り返った声が出てしまった。
 今の話のどこをどう受け取ったらそうなるんだ……。

「別にンなこと言ってねーけど」
「冗談だよ。でも真面目に嬉しいぜ。それじゃあ、さっそく堪能するとしますか」

 紅雀が棚からグラスを取ってきて座り直し、ブランデーを開けた。
 グラスにブランデーを少しだけ注いで軽く回し、舐めるように口をつける。
 俺はその様子を密かに緊張して見守った。
 ヨシエさんのオススメで買ってはみたけど、どうなんだろう。
 ブランデーの味とか俺は全然わからないし、好みもあるだろうし……正直、ちょっと不安だ。
 紅雀がグラスを口から離して、黙りこむ。

「……どう?」

 真剣に聞いてみる。
 しばらくして、紅雀の唇に笑みが広がった。

「美味い」
「ほんとに?」
「あぁ、お世辞じゃねぇからな?」

 その言葉にほっとして、胸に溜めていた息を吐き出す。

「そっか、喜んでもらえたんなら良かった」
「本当に美味いぜ。お前も1口飲んでみるか?」
「でもそれ、結構強いんだろ?」
「そうだな。まぁお前にはちょっとキツいかもな」
「俺、そんなに酒強くねーし、やめとくよ」

 俺が断ると、紅雀はグラスを片手に食卓へ肘をつき、うんうんと数回頷いた。

「ま、蒼葉は酒癖悪ィからなぁ。やめといた方がいいか」

 ニヤニヤしながら言われて、ちょっとムっとする。

「別にそこまでひどくねーよ」
「いやいや、ひどいって。酔っ払ってる時だから覚えてねぇんだろうがな」
「ひどくねーから。なぁ、蓮?」
『……ひどくない、と断言することはできない』
「……おい」
『だよな~。俺も蓮に同意』

 そんなに俺、酒癖悪いか?
 蓮とベニにまで言われて眉を寄せると、紅雀が神妙な顔つきで俺を見つめた。

「つか、ほんとに覚えてねぇのか? 前に飲んだ時、俺にキスしてきたこととかよ」
「………………へ?」

 ……今なんつった?

「うそ」
「……覚えてねぇのか?」
「まじで? え? ……え??」
「すげぇ絡んできて、椅子ごと押し倒されてよ。こう、顔をがっと掴まれて、ぐぐっと」
「え…………」

 そんなことしたのか? 俺が?
 紅雀を……、押し倒した??

 あまりのことに呆然としていたら、紅雀がいきなり口元を押さえて横を向いた。
 よく見れば、その肩が震えている。

 …………。
 …………コイツ!

「すまん、嘘だ嘘。冗談だよ」
「~~~~~~」

 俺は笑いを堪え切れていない紅雀へ向かって、梱包材の切れ端を丸めてぺしっと投げつけた。

「いって」
「お前な~」
「ほんと悪かったって。お前があんまりにも慌てるから、ついな」
「…………」

 今のは結構マジでムカついた。
 言っていい冗談と悪い冗談があるっての!
 俺が顔を背けると、紅雀はグラスのブランデーを軽く舐めながら微かに笑った。

「蒼葉、悪かったって。機嫌直せよ」
『機嫌直せよ、蒼葉~』

 ……クソ。
 ここでとことん無視できりゃ、俺がどんだけムカついてるかが伝わるってのに……。
 しかめっ面を維持したまま、じろっと紅雀を見る。

「笑ってんなよ」
「いやな。今のお前見てたら、なんか昔のこと思い出しちまって」
「昔のこと?」
「あぁ。覚えてねぇか? 俺の誕生日を祝いたいってお前が言い出して、そんで誕生日って言えばケーキだからケーキ作るんだ! って言ってよ」
「へ……」

 あったっけ、そんなの。
 あったよーな、なかったよーな……。
 誕生日に婆ちゃんが焼いてくれるケーキは確かに大好きだった記憶があるけど……。

「うん……?」
「お前、タエさんの手を借りずに1人でやるっつって失敗したんだよ。スポンジは焦げてしぼんでるし、生クリームは溶けて泉になってるしで」
「え、そんな……そんなん作ったっけか?」
「あぁ、よっく覚えてる。そんで俺が食うっつったら、今度はハラ壊したら困るからやめろって怒ってよ」
「また嘘じゃねーだろな?」
「じゃねぇよ」

 うわぁ……。
 もしほんとなら、なんかすげー恥ずかしい。
 全然覚えてないしガキの頃の話なのに、自分の知らない秘密を暴かれたような気分っつーか……。

「でもな」

 当時のことを思い出しているのか、紅雀が柔らかな笑みを浮かべる。

「美味かったぜ、あれ」
「……それはさすがにいくらなんでも嘘だろ」

 スポンジは焦げてしぼんで生クリームが溶けてるケーキなんて、どう考えたって美味いわけない。
 思わずツッコミを入れると、紅雀は茶化さずに首を横に振った。

「本当だって。お前があちこち火傷したり砂糖だの牛乳だのにまみれながら、泣きそうな顔して一生懸命作ってくれたんだ。それが不味いわけねぇだろうが」
「…………」
「ちゃんと残さず全部食ったしな。俺が美味いっつってもお前、全然信じなくてよ。料理の1番の調味料は愛情だって言うのにな?」

 …………。

 ……また、コイツは。
 どうしてこうおかしなことを次から次へと……。
 もはやどんな顔をすればいいのかすらわからなくなり、俺は目を伏せて意味もなく咳払いをした。
 紅雀が堂々と歯の浮くようなセリフを言うヤツだってのは知ってたけど、それにしても……。

 いつも女にこんなこと言ってんのか?
 だからモテるのか?

『蒼葉。愛情は目に見えないものだが、調味料となり得るのか?』
「聞かないの! つかそんな昔のこと覚えてねーし、どうでもいいから。愛情が調味料とか普通言わねーし」
「んなことねぇよ、間違ったことは言ってねぇだろ? 俺にとっちゃ大事な思い出だし、それに……」

 そこで、紅雀は何か良いことを思いついたという顔で俺を見た。

「今のお前に作ってもらいてぇな。誕生日ケーキ」
「へ?」
「今だったら料理できるだろ」
「料理とケーキ作りは全然別モンだっつの」
「別に失敗したって構わねぇよ。蒼葉が俺のために作ってくれるってのが大事なんだからな」
「…………」

 またなんか変なこと言ってる……。
 やっぱりどうリアクションしたらいいかわからなくて、とりあえずそっぽを向いた。
 なんかすごく負けた気分になるのはなんでだ……。

『いいじゃねぇか、蒼葉。減るもんじゃなし、いっちょ腕を振るってくれよ』
『蒼葉、必要ならばレシピを検索して表示するが』
「……だってよ」

 蓮とベニの言葉に乗っかって、紅雀が口端を引き上げる。

「調子乗ってんなよ」

 わざとぶっきらぼうに答えると、紅雀はニッコリと目を細めた素晴らしい営業スマイルを見せた。

「期待してるぜ」
「お前なぁ~~」

 ……けど。

 まぁ、今日はコイツの誕生日だし。
 1日、いや、失敗したらヘタすりゃ2日遅れになっちまうけど。
 コイツが食いたいって言うんだから、しょうがないよな。
 今日の主役はコイツなワケだし。
 うん。

 ……なんて考えながら。
 俺は明日、仕事の帰りにスーパーに寄っていくことにした。



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イラスト:ほにゃらら
テキスト:淵井鏑