1. ホーム
  2. スタッフ雑記帳
  3. 02.20


Staff blog:スタッフ雑記帳

02.20

2013年02月20日(水) キラルくん

【ドラマダ】誕生日_クリア.jpg


 テレビでは連日、どこそこでまだ雪が降ってるとか今年1番の寒さを更新とかやっている。
 碧島では雪は降らないけど、真冬ともなればさすがに気温が下がる。
 でも今日は雲1つない青空が広がっていて、陽射しも温かくて良い天気だ。
 そんな中、俺はクリアを連れて水族館へ出掛けることにした。

 きっかけは、クリアのある一言からだった。

「あの……、誕生日って楽しそうですよね!」

 夕飯を食ってから俺の部屋へ行って、ベッドに座って他愛もない話をしていた時のことだ。
 クリアが急に俺の方へ身を乗り出して、そんなことを力いっぱい言ってきた。

「誕生日って、みんなで楽しくお祝いするんですよね」
「あぁ、まぁそうだな」
「いろんな人が集まって、ケーキを食べたりプレゼントを渡したり歌ったりするんですよね?」

 クリアがワクワクした様子で両手を組み合わせる。

「蒼葉さんはやったことあります?」
「昔、婆ちゃんがやってくれたよ。ケーキと料理作って。今も軽いお祝いならしてくれるし」
「そうなんですか~。いいな~、楽しそうだなぁ~」
「つかなんでいきなり誕生日なんだ? 何か見たのか?」
「はい! この間、テレビで誰かの誕生日会をしていたのを見たんです!」

 言うなりクリアは勢い良くベッドから立ち上がり、大げさな身振り手振りで説明を始めた。

「こぉ~んな大広間に人がわんさか集まって、男の人と女の人がこぉ~んなに背が高いケーキを一緒に切ってました! 同じ誕生日の人だったんでしょうか? とにかく壮大で大興奮です!」
「…………。それ、結婚式じゃね?」
「えっ、そうなんですか!?」

 話から推測する限り、どう考えても誕生日じゃないだろう。
 どうも結婚式と誕生日を間違えてるようだ。
 違いを説明してやると、クリアはふんふんと真面目な顔で頷いた。

「なるほど、よくわかりました! でも基本的にみんなで楽しくお祝いをするのはどちらも変わらないんですよね?」
「そうだな」
「それじゃ、蒼葉さんの誕生日には僕がめいっぱいお祝いしますね!」

 クリアが両手を目一杯握りしめて、ガッツポーズよろしく気合いの入った口調で言う。

「……つか、お前の誕生日は?」

 今の話の流れだと、俺よりもまずクリアが誕生日を祝って欲しいんじゃないかと思った。
 でも、クリアは俺の言葉を聞くと、笑みのままで少しだけ残念そうに眉をひそめた。

「僕には誕生日はありません。誕生日という概念は知識として持っていますけど、具体的に何をするのかはよく知りません」
「…………」

 ……そうか。
 クリアの場合、人間じゃないから「生まれた日」というものがない。
 製造された日になっちまうのか。
 そう考えると、クリアが誕生日に興奮するのがわかるような気がして、ちょっと切ない。
 俺もお前の誕生日を祝いたいって返したいけど、返せない。
 ……でも、それなら。

「……あのさ」

 ふと思い至って、俺はクリアにある提案をした。
 その話を聞くとクリアは一瞬驚いた顔をして、すぐに喜んで頷いてくれた。

 ……そして。
 今日はその提案を実行する日だ。
 せっかくだから、俺はクリアが前から行きたがっていた水族館へ連れていくことにした。
 旧住民区の周辺にも水族館はあるけど、プラチナ・ジェイルの方が大きくて新しいだろうってことでそっちにした。
 オーバルタワーの崩壊とともにプラチナ・ジェイルが解放されたから、今は誰でも自由に出入りできるし、施設のスタッフも旧住民区の人間に変わった。
 プラチナ・ジェイルの水族館はさすがというか何というか、大きくて綺麗な建物だった。
 人で賑わうチケットカウンターに並び、入場券を2枚買ってエントランスへ向かう。
 休日の午後だから人が多いのは当然だろうけど、特にカップルが多いような気がする。2月はバレンタインもあるし、そのせいかも知れない。
 バレンタインの日はクリアが相変わらずのドタバタを繰り広げて、そのあと一緒にちゃんとしたチョコを作った。
 クリアからのチョコは、クラゲの形をしたチョコプレートに俺らしき顔と「蒼葉さん、いつもありがとう」という父の日みたいな文章が書かれていた。
 ちょっと面食らいつつもクリアの精一杯の気持ちなんだろうと思い、俺もチョコのトリュフを作って渡した。
 クリアは大喜びで「ちょっとずつ大切に食べます」と言って、冷蔵庫に仕舞っていた。

「うわぁ……」

 エントランスのゲートを通り抜けて中へ入った途端、クリアが嬉しそうな声を上げた。
 館内は薄暗くて、青い間接照明が水面の波紋を表すようにほのかな光を揺らめかせている。
 その光に浮かび上がる水槽と、悠々と泳ぐ色とりどりの魚たちはとても幻想的だった。
 俺自身は、水族館に来るのは初めてじゃない。旧住民区ができる前、婆ちゃんや両親に島の水族館へ連れていってもらったことがあるらしい。
 でもガキの頃の話だし、ほとんど何も覚えてない。
 だから俺も初めてに近い感覚で、目前に広がる青い光景に目を奪われていた。

「すごいですね~。蒼葉さんと蓮さんは、水族館へ来るのは初めてですか?」
「俺は初めてじゃないけど、昔のこと過ぎて覚えてねーな」
『俺は初めてだ』

 蓮がカバンからぴょこんと顔を出す。

「そうなんですか。じゃあ蓮さんは僕と一緒ですね。楽しいですね」
『あぁ、そうだな』

 クリアは宝箱の中身を眺めるみたいに1つ1つの水槽をゆっくりと覗きこんでいき、やがてある水槽の前で立ち止まった。

「クラゲだ……」

 ぽつりと呟いたまま、クリアが動かなくなる。
 他の客がどんどん次の水槽へ流れていっても、クリアは動かない。
 クラゲに夢中になっている背中がなんだか子供のようで可愛い。

「綺麗だな」
「はい……。本物は初めて見ました。とても、感動しています……」

 クリアの声は夢を見ているように呆けている。
 俺も本物のクラゲを見るのは初めてだ。
 水中をふわふわと漂う半透明のクラゲの姿は、想像していたよりも儚くて脆かった。
 頼りなげな姿は花のようで、いくら見ていても飽きない。
 動きはほとんどないけど、そのゆったりとした柔らかな様子になんだか癒される。
 俺はクリアと一緒にしばらくクラゲを眺め、そのうちふと浮かんできた疑問を口にした。

「……コイツらさ。ずっと水槽の中にいて、海に戻りたいと思ったりしねーのかな。水槽の中が狭いと思ったりとかさ」

 クリアは一度俺の方を見てから、また水槽へ顔を向けて考えこむように首を傾げた。

「そうですね……。もしかしたらそう思っているクラゲさんもいるかも知れませんけど……。でもきっと、彼らにとってはこの中が世界の全てなんじゃないでしょうか」

 クリアが何かを見出そうとするように、水槽へ顔を近付ける。
 その表情は思いの外、真剣だった。

「なんとなくですが、彼らはどんな場所に連れていかれようと不平不満を抱かないような気がします。与えられた場所で、彼らにとっての世界を精一杯生きているんじゃないかって」

 手袋を嵌めた指先が、クラゲの軌跡を辿るようにすっとガラスをなぞる。

「それに、ここへ来る人たちはみんな笑顔で水槽を覗きこみますよね。もし僕だったら、毎日僕を見て誰かが喜んでくれるのは嬉しいです」

 そう言って、クリアは口元に穏やかな笑みを浮かべると、俺の方へ顔を向けた。

「……僕も、蒼葉さんがいつも笑ってくれているのが1番嬉しいですから」
「…………」

 面と向かってそんなことを言われて、思わず顔が熱くなる。
 でも……。
 ゆったりとクラゲが漂う水槽の青い光を受けて微笑むクリアに、目を奪われた。
 まるで心にまで浸透するような、透明な光景だ。

「今日、この場所に来ることができて嬉しいです、蒼葉さん。ありがとうございます」

 俺は本当に嬉しそうなクリアのそばへ歩み寄り、距離を詰めるように肩を並べた。
 周りから見えないように、そっと手を繋ぐ。
 すると、クリアが驚いたように俺を見た。
 どうにも照れくさくて、俺は何気ない風を装って水槽へ視線を向けた。

「誕生日おめでとう、クリア」
「……! ……ありがとうございます」
『おめでとう、クリア』
「蓮さんも、ありがとうございます!」
「それじゃ、そろそろ次行くぞ」
「はい」

 繋いだ手を軽く引っ張り、隣の水槽へ移動する。
 クリアは満面の笑みで、俺の手を静かに強く握り締めた。

「今日は蒼葉さんと蓮さんと一緒に初めての水族館に来て、初めてのクラゲを見ました。本当に幸せな……幸せな誕生日です」
「でも誕生日はまだまだこれからだからな? 水族館も先があるし、帰ったら婆ちゃんの料理とケーキも待ってるし」
「はい!」

 クリアの誕生日をどうにかして祝いたいと思った俺は、クリアにこう提案した。
 「クリアがおじいさんと初めて会った日を誕生日にしよう」って。
 もちろん、クリアはその日をちゃんと覚えていた。

 それが、今日。
 2月20日。


------------------------------------------------------------------------
イラスト:ほにゃらら
テキスト:淵井鏑