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Staff blog:スタッフ雑記帳

Lamento -BEYOND THE VOID-【Prequel 01】

2024年03月04日(月) キラルくん

■プロローグ

リークス「たとえ……世界がお前を殺しても、俺はお前を忘れない――」


■夕方・リークスの家

 椅子に座って本を読んでいるリークス。
 暖炉では小さな火の粉が爆ぜ、大鍋からぐつぐつと何かを煮る音と紫色の煙が溢れ出している。

リークス「…………」

リークス「何故、森の木々は鮮やかな緑の葉をつけるのか。何故、空はどこまでも続いているのか。何故、我々リビカはこのような姿をしているのか。いつからそうなったのか」

リークス「幼い頃、そんな疑問が常に頭の中に渦巻いていた。幼い頃……といってもどれほど前のことかはもう思い出せないが。そのたくさんの疑問は消えることなく、いくら考えても答えは出ず、いつしかどうしても解き明かしたいと思うようになった」

リークス「すでに忘却の彼方へと消え去った過去の中で、それだけは今でもはっきりと胸に焼きついている。私が――魔術の研究を始めることになったきっかけだ」

リークス「様々な術を試し、習得し、各地を放浪した末、世界の果てへ辿り着いたのではないかと思うことさえあった。そうしていくばくの時を生き永らえてきたが、今もこうして研究を続けている。魔術に秘められた純然たる力を解き明かすために。魔術の力がこの世にもたらす可能性を確かめるために」

リークス「気付けば、周囲からリビカの気配はなくなっていた。一体どれほどの時をひとりで過ごしてきたのか、もう覚えていない。だが、それで特別不自由に思ったことはなかった。魔術の研究。私にとっての生とは、それが全てだった」


■夕方・迷いの森

 薬草を摘みに森の奥深くへ入ってきたシュイ。
 森の木々が風にざわめき、鳥のさえずりが聞こえる。

シュイ「……ん。あった。この草だな」

シュイ「……ふう。やっと見つけた。けど、これじゃあまだ足りないな。もっと奥の方へ行けば……」

 シュイがさらに奥へ向かおうとした時、風が強く吹き抜けて、鳥のさえずりが止まる。

シュイ「鳥の声が……?」

 遠くでがざがさと茂みの揺れる音がして、魔獣の遠吠えが響く。

シュイ「……!? ……まずい!」

 茂みの揺れる音が次第に近付いてくる。シュイは走り出す。

シュイ「だめだ、このままじゃ……! 追いつかれる……!」

 魔獣が飛びかかってきて、シュイは転倒する。

シュイ「!! うあっ!」

 魔獣が低く唸り、爪を振るう。
 シュイはとっさにナイフを抜き、爪の一撃を防ぐ。
 だが、そのナイフも弾き飛ばされ……。

シュイ「もう、ダメだ……!」

 その時、風を切る轟音とともに炎の塊が飛来して、魔獣の体を吹き飛ばす。

シュイ「……!?」

 ゆっくりとした靴音が近付いてくる。

リークス「……棲みかへ戻れ」

 魔獣はリークスを見て唸りながら後ずさり、やがて走り出して茂みの中へ消える。

リークス「……フン」

シュイ「あ……」

リークス「……去れ。無闇に森を乱すな」

 シュイを一瞥して踵を返すリークス。だが、すぐに足を止めて振り返る。
 シュイがリークスの衣の裾を掴んでいた。

リークス「……?」

シュイ「……待ってくれ」

リークス「……手を離せ」

シュイ「その、……私は、シュイだ。君の名前は?」

リークス「…………」

シュイ「頼む。せめて、名前だけでも教えてくれないか」

リークス「…………。……リークス」

シュイ「そうか。……リークス、助けてくれてありがとう」

シュイ「リークスって名前、知っているよ。森に住む魔術師って君のことか。街でそんな噂を聞いたことがある」

リークス「……何故、こんな森の奥深くまで入ってきた」

シュイ「薬草を摘もうと思ったんだ。修練に必要だから」

リークス「修練?」

シュイ「あぁ。私は、賛牙なんだ」

リークス「賛牙か……」

シュイ「普段は藍閃の別館でひたすら修行の日々を送っているんだ。……あ、別館って言うのは、領主に能力を認められた賛牙たちが集まっている場所なんだけど」

リークス「…………」

シュイ「私は賛牙であることを誇りに思っている。でも、それより何より歌うことが好きなんだ。歌で闘牙を癒し、励まし、そしていつかこの世界を包みこむような歌を歌えたら……。そうなりたいと、いつも思っている」

リークス「だからと言って魔獣に襲われているようでは話にならん。命あっての物種だろう」

シュイ「……確かにそうだな。でも、私はこの森の音がとても好きなんだ」

リークス「音?」

シュイ「あぁ。……ほら、今も聞こえてる。木々の葉やそよぐ風が奏でる、透き通った静かな旋律が。とても優しい、優しい音だ」

 目を閉じ、鼻歌を歌い出すシュイ。

リークス「…………」

シュイ「! ……すまない。つい、音に聞き惚れてしまって」

リークス「……いや」

シュイ「いつも気付くと歌ってしまっているんだ。自分でも呆れるくらい、歌が好きなんだよ」

リークス「……歌、か」

シュイ「君は、歌は好きかい?」

リークス「知らん。それより、いつまでそんなところに座っている気だ」

シュイ「あ。それもそうだね。よいしょ、……っと」

 立ち上がり、歩き出そうとするシュイだが、すぐに転んでしまう。

シュイ「あっ! ……いたた」

リークス「怪我をしたのか」

シュイ「あはは……さっき捻ってしまったみたいだ。情けないな。でも大丈夫。歩けないことはないから。……っ」

 立ち上がろうとして、再び転びそうになるシュイ。その腕をリークスが掴む。

シュイ「あ」

リークス「……来い」

シュイ「え?」

リークス「そんな足じゃ、あっという間に魔獣の餌食だ」

シュイ「あ……。……ありがとう」

 足を引きずるシュイと、シュイを支えて歩くリークスの靴音が遠ざかっていく。


■夕方・リークスの家

 シュイを自分の家へ連れてきたリークス。

シュイ「……すごいな。なんて不思議な部屋なんだろう。見たことがないものばかりだ」

シュイ「あ、この魔術書。今ではもう手に入らないって言われてるものじゃないか。……こっちにも」

リークス「不用意に触るな」

シュイ「……ごめん」

リークス「そこの椅子に座れ」

シュイ「あ、うん」

 シュイがそばにあった椅子に腰掛けると、リークスがその前に片膝をつく。

リークス「挫いたのはどっちの足だ」

シュイ「右足を」

 リークスがシュイの右足へ手をかざし、回復魔法をかける。

シュイ「暖かい……」

リークス「……終わったぞ」

シュイ「……痛みがなくなってる」

リークス「動かせるか」

シュイ「うん、大丈夫そうだ。ありがとう」

リークス「…………」

 リークスは何も言わずに立ち上がり、正面にある本棚の前へ移動する。
 まるでシュイの存在など忘れてしまったかのように、魔術書を手に取って読み始める。

シュイ「…………」

 少し気まずくなり、椅子から立ち上がるシュイ。

シュイ「あの……。リークス。その、君さえ良ければ、また来てもいいだろうか」

リークス「…………」

シュイ「君の邪魔はしない。静かにしてるから、だから……」

リークス「駄目だ。……帰ってくれ」

シュイ「…………。……今日は本当にありがとう。それじゃ」

 小さくお辞儀をすると、シュイは扉から出ていく。

リークス「…………」

*

リークス「あの時、名前を教えてしまったのは何故だったのか。ましてや自分の家に招き入れるなど到底考えられないことだ」

リークス「なのに、何故……。考えてみても一向に答えは出ない。ただ――歌が」

リークス「あいつが口ずさんだ歌がとても綺麗だったことは、よく覚えている」


■夕方・リークスの家

 椅子に座り、本を読んでいるリークス。

リークス「…………」

 リークス、何かの気配を感じて顔を上げ、椅子から立ち上がる。
 一方、迷いの森ではシュイが魔獣に襲われていた。

シュイ「……っ」

 魔獣が吠え、シュイに飛びかかろうとする。

シュイ「――――っ!!」

 その時、再びあの炎の塊が飛んできて、魔獣の体を吹き飛ばす。

シュイ「……あ!」

 魔獣が茂みの中へと逃げていく。
 そこへ、リークスが現れる。

シュイ「リークス」

リークス「またお前か。こんなところで何をしている」

シュイ「…………」

リークス「来るなと言っただろう」

シュイ「君に会いに来たんじゃない。欲しい薬草が生えているのが偶然、このあたりだっただけだ」

リークス「まるで子猫の言い草だな。これで何度目だ。来るたびに魔物に襲われて……少しは学習したらどうだ」

シュイ「仕方ないだろう。これも修練の一環なんだから」

リークス「お前は……」

 ため息を吐き、踵を返すリークス。

シュイ「リークス……?」

リークス「森の入り口からこのあたりまで、結界を張る」

シュイ「それは、もしかして……私が入れないようにするために?」

リークス「…………」

シュイ「すまない。そんなに嫌がられているなら……」

リークス「お前が魔物に食い殺されでもしたら寝覚めが悪い」

シュイ「え? リークス、それって」

リークス「次に来る時には足元を見ろ。他とは違う草の色を辿れ」

シュイ「……リークス!」

 嬉しさのあまり、立ち上がってリークスに抱きついてしまうシュイ。

リークス「! おい、何をしている、離れろ!」

シュイ「ふふ、ありがとう。ありがとう、リークス」

リークス「勘違いするな! 別にお前のためにやっているわけじゃ……」

シュイ「あぁ、なんでもいいよ。ただ、本当に嬉しいんだ」

リークス「…………」

シュイ「ありがとう」

*

リークス「見捨ててしまえばいい。別に誰が魔物に食われようと関係ない。私に必要なものは、魔術だけなのだから」

リークス「そう思っていたはずなのに、どうしてそんな行動を取ってしまったのか――自分でも不思議だった」


■夕方・リークスの家

 数日経過。シュイはすでに何度もリークスのもとへ通うようになっていた。
 リークスが用事を済ませて家へ戻ると、散らかり放題だった部屋が綺麗に片付けられていることに気付く。

リークス「これは……。……シュイだな」

 シュイは椅子に座り、うたた寝をしている。

リークス「シュイ。……おい」

シュイ「……ん、リークス? あ、おかえり」

リークス「部屋を片付けたな?」

シュイ「あ、……ごめん。本があちこちに落ちてたりして大変そうだったから、つい……」

リークス「…………」

シュイ「怒ったかい? 勝手なことして、ごめん」

リークス「……いや」

 リークスはシュイに背を向け、本棚の方へ向かう。

シュイ「リークス?」

リークス「……確かにこのあたりは歩きやすくなったな。この場所も広くなっている」

 独り言のように呟いてから、くるりとシュイを振り返るリークス。

リークス「……だが、何がどこに行ったのかわからなくなってしまったぞ」

 そんなリークスを見て、思わず笑みを浮かべるシュイ。

シュイ「そうか、ごめん。じゃあ、次は君がいる時に一緒に片付けよう?」

リークス「片付けるのは苦手だ。性に合わん」

シュイ「私が一緒にいるから大丈夫。こう見えて結構掃除は得意なんだ。コツも教えてあげるよ」

リークス「……お前がそうしたいと言うなら、やらないこともない」

シュイ「ふふ。頼むよ、リークス」


■夜・シュイの家

 シュイの家では子供を身ごもった妻、ミナがひとりで待っている。
 家に帰ってくるシュイ。

シュイ「ただいま」

ミナ「おかえりなさい。お疲れ様」

シュイ「今日は何か気になるようなことはあったかい?」

ミナ「いいえ、特には」

シュイ「そうか。体調は?」

ミナ「大丈夫よ。今日はね、この子が頻繁におなかの中で動くのを感じたの。早く出たいって言ってるのかしら」

シュイ「はは、きっとそうだろうね。君に似てとっても元気な子なんだろう。私も早くこの手に抱きたいよ」

 微笑みながら、鼻歌を歌い出すシュイ。

ミナ「あら」

シュイ「ん?」

ミナ「ずいぶん機嫌が良いのね。最近はいつもそうじゃない?」

シュイ「あぁ、ちょっとね」

ミナ「何か良いことでもあった?」

シュイ「うん……。素敵な友達ができたんだ」

ミナ「友達?」

シュイ「あぁ。今度君にも紹介したい」

ミナ「えぇ、ぜひ。会ってみたいわ」

シュイ「そうしたら、みんなでどこかに出掛けようか」

ミナ「……ふふ。あなたをこんなに笑顔にしてくれるなんて、きっと本当に素敵なかたなのね。実はちょっとだけ心配してたのよ」

シュイ「心配?」

ミナ「最近のあなた、暗い顔をしていたから。前みたいに笑うことも少なくなったし」

シュイ「そう、だったのか。気付かなかった。私はそんな顔をしていたのか。少し、忙しくてね……」

ミナ「えぇ、わかってる。でもそのお友達に感謝しないとね? 悲しい顔をしてばかりじゃこの子も心配してしまうもの」

シュイ「はは、情けない父親だと笑われてしまうな。……本当に、彼は最高の友達だよ」

ミナ「そう。よかった」


■夕方・リークスの家

 リークスと一緒に食べようと思い、美味しい食べ物を入れた籠を持ってリークスの家を訪れるシュイ。
 リークスは椅子に座り、本を読んでいる途中で眠ってしまっている。

シュイ「リークス? いるかい?」

シュイ「……あ、いたのか。良かった。今日は美味しいものを持ってきたんだ。カディルだよ。知ってるかな。……リークス?」

リークス「…………」

シュイ「……寝ているのか」

リークス「…………」

シュイ「ふふ。この間は私がうたた寝をしていて、今度は君か」

 シュイは少し離れたところにある布団を取りに行き、リークスにそっと掛ける。

シュイ「……ふふ」

 携帯しているリュートをゆっくりと弾くシュイ。

リークス「……ん。シュイ?」

シュイ「あ、ごめん。起こしてしまったね」

リークス「……続けてくれ」

シュイ「え?」

リークス「曲を、続けてくれ」

シュイ「……あぁ」

 リュートでメロディを奏でるシュイ。

リークス「……初めてだ」

シュイ「初めてって、何が?」

リークス「誰かがいて……気付かずに眠りこけていたなんて初めてだ。……お前のせいだな」

シュイ「フフッ」

リークス「……平和ボケしている気がする」

シュイ「リークス、君は根を詰めすぎなんだよ。研究熱心なのはいい事だけど、たまには休んだ方がいい」

リークス「そうだな。……お前が、いてくれるなら。それも悪くない」

シュイ「私は――いるよ。ここでこうして、歌っているから」

リークス「あぁ……」


■別の日・リークスの家

 リークスの家を訪れているシュイ。
 本を読むリークスの傍らで時折リュートを弾くが、元気がない。

シュイ「…………」

リークス「……シュイ」

シュイ「ん?」

リークス「ずいぶん重い溜息だな」

シュイ「あ、そんな溜息を吐いていたかい?」

リークス「さっきから4度目だ」

シュイ「……ごめん」

リークス「別に謝ることはない。何かあったのか」

シュイ「うん……。そういえば、まだ話したことはなかったね」

シュイ「私にはね、リークス。妻がいるんだ。それと、もうすぐ産まれてくる子も」

リークス「……そうか。子が」

シュイ「あぁ。それで、前に私は藍閃の別館で修行をしていると言ったことがあっただろう? 藍閃の賛牙長候補は別館に所属する賛牙の中から選ばれるんだけど……」

シュイ「私も次期賛牙長候補の1人なんだ」

リークス「それは……賛牙にとってこの上ない栄誉ではないのか?」

シュイ「もちろんそうだ。そう、なんだけど……」

リークス「どうした?」

シュイ「……私にはどうしても理解できないんだ」

リークス「何がだ」

シュイ「修行の苦楽をともにする、他の賛牙たちの考え方が」

リークス「当然だろう。みな考え方も生き方も別々なのだから。同じ思想を共有する方がよほど難しい」

シュイ「でも、私が極めたいのは賛牙としての力なんだ。賛牙としてどれだけ闘牙の役に、この祇沙の役に立てるか。ただそれだけなのに、皆、上へ立つことばかり考えている」

シュイ「そのために力を磨くなんて……恥ずべきことだ」

リークス「…………」

シュイ「それから……街で君の噂を耳にしたんだ。森のどこかに危険な魔術師が潜んでるって。君は街にも全く出てこないから、ほとんど正体を知られていないせいだと思うけど」

シュイ「でも、いくら噂とはいえひどい。謂れのない中傷だ。そんなことあるわけがないだろう? 君が危険だなんて……」

リークス「……どうでもいい」

シュイ「え?」

リークス「俺が何をしていようと、どこでどう言われようと、そんなことはどうでもいいだろう。関係ない」

シュイ「どうでも良くなんかない」

リークス「……シュイ?」

シュイ「あの時、君は私を助けてくれた。別に見殺しにしたって良かったのに。それに、今もこうして私を受け入れてくれている。だから君がそんな猫であるはずがない。私にはわかる。君は……」

リークス「…………」

シュイ「……リークス。もし私が賛牙長になったら、君を藍閃に迎え入れたい。そして、君が危険な魔術師なんかじゃないってことを証明したい」

リークス「余計なことはするな。俺がどんな猫なのかたいして知りもしないくせに」

シュイ「でも、君は悪いやつじゃないと思うんだ。猫の中で生活するっているのがちょっと苦手なだけで……どちらかというと、寂しがりやのような気がするけど」

リークス「……っ、寂しがりやだと?」

シュイ「怒ったか? でも君はこの森が好きなんだろう?」

リークス「……あぁ」

シュイ「森が好きな猫に悪いやつはいないよ」

リークス「お前の理屈はよくわからん」

シュイ「……ふふっ。わからなくていいんだ。そう言ったのは君だろう?」

リークス「……全く」


■別の日・リークスの家

 リークスの家を訪れるシュイ。

シュイ「リークス、いるかい?」

リークス「……今日はなんだ」

シュイ「あ、いたんだ。良かった。今日はね、君に渡したいものがあって急いで来たんだ」

リークス「渡したいもの?」

シュイ「ちょっと待っててくれよ。……(深呼吸して、すう、と息を吸い込む)」

 少し緊張した面持ちで深呼吸をしてから、ゆっくりと歌を歌い始めるシュイ。
 シュイの歌を聞き、息を呑むリークス。

シュイ「……どうだろう。うまく歌えたかな」

リークス「…………」

シュイ「これはね、……君のために作った歌なんだ。いつもこうやって私は君の邪魔ばかりしているから、せめて何かお礼ができないかと思って」

シュイ「もし、嫌じゃなかったら……もう少し歌わせてほしい」

リークス「……何故だ」

シュイ「ん?」

リークス「何故、そんなことをする」

シュイ「君が……好きなんだ。大切な友達だ」

リークス「…………」

シュイ「そう思っているのは、私だけだろうか」

リークス「……好きにすればいい」

シュイ「……ありがとう」


■深夜・リークスの家

 椅子に座り、魔術書を開きながら珍しく難しい顔で思い悩んでいるリークス。

リークス「…………」

リークス「……綺麗な歌だった」

リークス「……礼として何か贈ったら喜ぶだろうか。だが、何を?」

 手元の魔術書をめくってみるが、求めているものが得られるはずもなく、魔術書を床へ放り出す。

リークス「……ちっ」

リークス「はぁ……。魔術もこういう時は役に立たんな。……いや。……そういえば」

 ふと何かを思いついたのか、リークスは物置の奥を探り始める。


■翌日の昼・リークスの家

 シュイがリークスの家の扉を叩く。

シュイ「こんにちは、リークス。入ってもいいかい?」

リークス「あぁ」

 シュイが家の中へ入ってきて、椅子に腰掛ける。

シュイ「……ふぅ。ここに来るといつも気分が落ち着くよ」

リークス「そうか?」

シュイ「私はこの場所が好きだよ。このままずっと眠ってしまいたいくらい」

リークス「よくわからんな」

シュイ「ふふ、それでいいんだよ。代わりに私がよく知っているんだから」

リークス「フン。……そんなことより、シュイ」

シュイ「ん?」

 リークスがテーブルの上に指輪を置く。

シュイ「これは……指輪?」

リークス「持っていけ」

シュイ「え? どういうことだい?」

リークス「歌の礼だ」

シュイ「そんな……指輪なんてもらえないよ。見返りが欲しくて歌ったわけじゃない。私はただ君に聞いてほしくて」

リークス「わかっている。……お前の歌を聞いて、何か渡したいと思ったのだ」

シュイ「…………」

リークス「その指輪、何のためのものだったかは忘れてしまったが……ずっと手元に置いていた」

シュイ「それって大切な指輪ってことかい?」

リークス「そうなるだろうな」

シュイ「だったら尚更もらえないよ。君が持っていた方が……」

リークス「お前が持っていろ。……違うな。お前に持っていてほしい、のだ」

シュイ「リークス……。本当に、いいのかい?」

リークス「あぁ」

シュイ「ありがとう。それなら……」

 シュイが慌てたようにポケットを探り、指輪を取り出す。

シュイ「この指輪と交換しよう。母親の形見の指輪だ」

リークス「形見……」

シュイ「あぁ。私の思い出を君に、君の思い出を私に。そう考えると、なんだか素敵だとは思わないかい?」

リークス「……別に、思い出などただの記憶に過ぎん」

シュイ「そう。だから大切なんだよ。目に見えないものだからこそ大切なんだ」

リークス「……よくわからんな」

シュイ「たとえばね、私がいなくなったとしても私の思い出は君が持っていてくれるんだ。誰かに話したりしなくてもいい。覚えていてくれるだけでいい」

リークス「そんなもの、ただの押し付けと自己満足だろう」

シュイ「そうかも知れない。もし、この思い出の交換が君にとって重荷になるのであれば拒んでくれて構わない」

リークス「…………」

シュイ「リークス?」

リークス「一方的な自己満足なのだろう? ならば、俺はただ受け取るだけだ。それをどう取るかはお前次第、そして俺次第だがな」

シュイ「フフ……。あぁ、それでいいんだ。ありがとう、リークス。指輪、大切にするよ」

*

リークス「誰から何かをもらい、自分からも何かを渡す。ずいぶん長く生きてきたが、そんな経験をしたのはこの時が初めてだった」

リークス「指輪をシュイに渡そうと思ったのもただの思いつきで、……あいつの嬉しそうな顔が見たいと思ったからだ」

リークス「疲れた顔をして私のところに来るシュイが少しでも心安らげるようにと……もしかしたら、そんなことを思っていたのかもしれない」

リークス「――今はもう、忘れてしまった」


■夕方・リークスの家

 本棚の前に立ち、魔術書を見ているリークス。
 そこへ、思いつめた顔のシュイが訪れる。

シュイ「リークス、いるかい?」

リークス「あぁ」

シュイ「……入っても、いいかな」

リークス「? 何をいまさら。いつも勝手に入ってくるだろう」

シュイ「そう、か。そうだな」

リークス「……?」

 扉を開けて、家の中へ入ってくるシュイ。

シュイ「…………」

リークス「なんだ、そんなところに突っ立って」

シュイ「……その」

リークス「具合でも悪いのか」

シュイ「……リークス」

リークス「ん?」

シュイ「君に、言わなければならないことがあるんだ」

リークス「…………」

シュイ「私は、もうここへは……、もう……会いに来ることはできない」

 リークスは読んでいた魔術書を閉じ、シュイへ向き直る。

リークス「……何かあったのか」

シュイ「…………。周りの猫が、特に賛牙長候補の猫たちが、君の存在をひどく不審がっているようなんだ」

シュイ「もし私がここに来ていることが知られてしまったら、彼らは君に何かしようとするかもしれない。だから……」

リークス「好きにさせておけばいいし、お前もそんなことをいちいち気にする必要はない」

シュイ「でも……」

リークス「でも、なんだ」

シュイ「…………」

リークス「次期賛牙長候補だと言っていたな。そのせいか?」

シュイ「それは」

リークス「フン。結局はお前も権力の虜、とでも言ったところか」

シュイ「違う! もう私は……!」

リークス「私は? なんだ。だったらなんだと言うのだ」

シュイ「…………」

リークス「もういい。去れ」

シュイ「……ッ」

 シュイは悲しそうに顔を伏せ、リークスの家を出ていく。

*

リークス「それから、シュイは姿を見せなくなった。私はいつもと同じように魔術の研究に打ち込む日々を送っていた。だが、今までと少しだけ違うことがあった」

リークス「ふと気付くと、頭の片隅でシュイのことを考えていた。今、どうしているのか。何を考えているのか。そう思ったところで答えが出るはずもなく、だからどうということもなかった」

リークス「ただ、少しだけ――寂しいと思った。胸に穴が開いたような喪失感。これが寂しいという気持ちなのかと、初めて知った」


■深夜・リークスの家

 本棚の前に立ち、魔術書を見ているリークス。

リークス「…………」

 扉の方から小さな物音がして、リークスはすぐさま顔を上げる。

リークス「……! シュイか?」

 だが、細い風の音が虚しく響く。

リークス「! ……フッ。……フフフフッ」

リークス「……ッ!」

 リークスは顔を歪め、机の上に置いていた瓶を手で薙ぎ払って落とす。

リークス「……くそっ。一体どうしてしまったというのだ。俺は……」


■深夜・リークスの家

 遠くから火が爆ぜるような音が聞こえてくる。

リークス「……? 森が騒がしい……」

 不審に思ったリークスは、外の様子を見に家を出る。
 夜闇の中、真っ赤に燃え盛る森を見て驚愕するリークス。

リークス「……! ……これは……」


■深夜・シュイの家

 部屋で寝ていたシュイは、森が燃える悪夢を見て飛び起きる。

シュイ「……ッ!」

シュイ「は、……はぁ、……はっ」

シュイ「……森が燃えて……、……夢、か?」

シュイ「……、いや……」

 ベッドから起き上がり、身支度を整えるシュイ。
 隣で寝ていたミナが目を覚ます。

ミナ「どうしたの? シュイ。こんな時間に」

シュイ「少し出かけてくる」

ミナ「出かけるって今から?」

シュイ「あぁ。……嫌な夢を見た。森が、燃えているんだ。……とても悪い予感がする」

ミナ「夢……」

シュイ「すまない、すぐ戻るよ」

 シュイは慌てて家を出ていく。


■燃え盛る深夜の森

 ごうごうと燃える赤い森。

リークス「……森が……」

 呆然とするリークスの前へ、複数の猫たちが現れる。

雄猫A「おい、いたぞ!」

雄猫B「あれだ、あいつだ!」

雄猫A「あいつが魔術師だ! シュイを惑わせた……魔術師だ!」

リークス「…………」

雄猫B「この世界に災いをもたらす魔術師め! 藍閃を、いや、この祇沙を滅ぼそうと企んでいるに違いない!」

雄猫A「逃れられないように森ごと消してしまえ!」

雄猫B「もっと火を放て! 早く殺せ! 焼き尽くしてしまえ!」

リークス「…………ふざけるな」

 リークスが腕を差し出す。その手の中で大きな黒い火炎が渦を巻き、猫たちに向かって竜のように襲いかかる。

雄猫A「ひいぃっ!」

雄猫B「うわあっ!」

リークス「……焼き尽くされるのはお前たちの方だ」


■燃え盛る深夜の森

 燃える森の中を必死に走り、リークスのもとへ急ぐシュイ。

シュイ「はぁ、はぁ、……はっ、はぁ……」

シュイ「リークス! どこだ……、リークス!」

シュイ「……くそっ!」

 シュイの目に、赤い森を背に佇むリークスの姿が映る。
 安堵して足を止めるシュイ。

シュイ「はぁ、はぁ、はぁ……」

シュイ「リークス……」

リークス「…………」

シュイ「よかった、無事で。早く逃げよう、さぁ……」

リークス「近寄るな」

シュイ「……え?」

リークス「裏切り者が」

シュイ「裏切り者? どうして……」

リークス「この場所には目くらましの術をかけていた。この場所はお前しか知らなかった」

リークス「なのに、あいつらはこの場所まで入ってきた。俺の存在を知っていた。お前を惑わせた卑劣な魔術師として、な」

シュイ「そんな……」

リークス「保身のために厄介者を売り、手柄を立てたのだろう。次期賛牙長の座は確定したか?」

シュイ「そうじゃない! 違う、聞いてくれ! 私は……」

 シュイの言葉を遮るように、森を焼く炎が激しく燃え上がる。

シュイ「リークス!」

リークス「……俺は、お前を許さない」

シュイ「……! リークス!」

 炎がリークスの姿を呑み込む。


■数日前の夕方・藍閃の別館前

 その日の修行を終え、部屋から出てくるシュイ。

シュイ「……ふう」

同僚の雄猫「お。お疲れさん、シュイ」

シュイ「あぁ、お疲れ様」

同僚の雄猫「調子はどうだ?」

シュイ「まあまあ、かな」

同僚の雄猫「そうか。ほどほどに頑張れよ。無理したって良い歌は歌えないからな」

シュイ「……確かに。その通りだ」

同僚の雄猫「ま、たまにはのんびりしてみるのもいいんじゃないか?」

シュイ「そうだな」

同僚の雄猫「それじゃ、また明日な」

シュイ「また明日」

 別館を出て、森の中を歩くシュイ。

シュイ「……はぁ」

シュイ「……リークス、またうたた寝でもしているんじゃないだろうか」

 その時、そばの茂みが揺れて一匹の猫が出てくる。
 驚いて足を止めるシュイ。

来威の猫「ちょっと待てよ」

シュイ「……! 君は……」

来威の猫「フン」

シュイ「…………。突然飛び出さないでくれないか。驚くだろう」

来威の猫「次期賛牙長候補ナンバーワンさまはもうお帰りか? お気楽なことで」

シュイ「……何か用があるんだろう? こんなところでわざわざ待ち伏せまでして」

来威の猫「あぁ。聞きたいことがある」

シュイ「なんだ」

来威の猫「お前……、あの魔術師とどういう関係なんだ」

シュイ「!」

来威の猫「クク。どうしたんだよ、そんなに驚いて」

シュイ「…………」

来威の猫「おお怖い。お前のそんな顔、初めて見たよ」

シュイ「どうして、そのことを」

来威の猫「いや、偶然な。お前が森に入っていくところを見かけて、気になったからちょっとついていったんだよ」

シュイ「最低だな……」

来威の猫「フン。最低なのはどっちだよ。あの魔術師、噂には聞いていたが、まさかあんなところに住んでいたとはな。なんでも祇沙を乗っ取るためのあくどい魔術を研究しているそうじゃないか」

シュイ「違う! 誰がそんな噂を……」

来威の猫「街でもっぱらの噂だぜ。危険な魔術師がいるってな。知らなかったのか?」

シュイ「く……」

来威の猫「そんなに危険な存在ならば……いっそ、森ごと焼き払ってしまうか」

シュイ「! 馬鹿な真似はやめろ!」

来威の猫「だったら」

来威の猫がシュイへ近付き、顔を寄せる。

来威の猫「次期賛牙長の座を俺に譲ると、賛牙長に言え」

シュイ「……なんて卑怯な……」

来威の猫「なんとでも言え。だが、大したことじゃないだろう? ナンバーワンとナンバーツーが入れ替わるだけだからな」

来威の猫「友を取るか自分を取るか……究極の選択、とでもいったところか?」

シュイ「……っ。……わかった。いいだろう。賛牙長に報告する。その代わり……」

来威の猫「なんだ?」

シュイ「リークスのことは誰にも話すな。今後一切彼には関わらないと約束しろ」

来威の猫「……あぁ、もちろんだ。約束しよう。だが、お前も二度とあの魔術師には会うなよ。仮にも次期賛牙長候補のお前が惑わされたなんて、賛牙自体の評判が悪くなる」

シュイ「…………」

来威の猫「じゃあな」


■燃え盛る深夜の森

 炎が舞う森の中、先ほどまでリークスが立っていたはずの場所を呆然と見つめるシュイ。

シュイ「……リークス……」

シュイ「……聞いてくれ、リークス。私には賛牙長の座など……どうでもよかった」

シュイ「ただ……君を守りたかっただけだったんだ。……すまない、リークス」

シュイ「……すまない……」

*

リークス「……本当は、届いていた。わかっていた。わかっていても、憎むしか手段がなかったのだ」

リークス「それほど……、それほどに……。……シュイ」

リークス「コノエが歌ったあの歌は、かつてお前が私のために歌ってくれた歌だ。私を裏切ったお前を憎み、この世界を、そして私を惑わす感情を、感情を有する生そのものを憎み、今日まで来た」

リークス「だが、時に疑念を抱くこともあった。何故、私はこれほどまでに全てが憎いのか。お前を……憎んでいるのか」

リークス「ずっと、わからなかった。けれど、久しぶりにお前の歌を聞いて、わかった。初めて、知った」

リークス「――あぁ。そうか。俺はずっと、お前のことを……。だから、こんなに……」

*

シュイ「……リークス」

シュイ「今の私には決して、こんなことを言う資格はない。けれど、ずっと言いたかったことがあった。だから、聞いてほしい」

シュイ「間違いだらけの道だった。こんな結果になってしまった。それでも――ずっと、伝えたかったんだ」

シュイ「たとえ、世界が君を殺しても、私は君を、忘れないから――」


【Prequel-01】.jpg


END

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テキスト:淵井鏑
イラスト:山田外朗

※本エピソードは、2009年にマリン・エンタテインメントから発売された「Drama CD Lamento -BEYOND THE VOID- Rhapsody to the past」のシナリオを“淵井鏑”がWeb用に再編集したものです。